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東京高等裁判所 昭和29年(う)374号 判決

控訴人 被告人 大石鵜一郎

弁護人 曽根信一 小淵方輔

検察官 小西太郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添附した弁護人小淵方輔名義の控訴趣意書記載のとおりで、これに対し、当裁判所は次のとおり判断する。

静岡特別都市計画事業復興土地区画整理委員会の委員は特別都市計画法に基く土地区画整理施行に伴う換地に関する事項について諮問があつた場合に委員として意見を述べる職責を有するのみで、前記事項についての何等かの職務に関する決定権の認められていないことは所論のとおりである。しかし収賄罪は公務員がその職務に関し賄賂を収受するを以つて成立するのでその職務内容が諮問事項について意見を述べるのみであつて右諮問事項の執行権や決定権のない場合でも犯罪の成立に影響がないことは勿論、執行権や決定権のないことからその収受した金員が職務に関するものと認定するを妨げるものでない。今本件についてこれをみると、被告人は昭和二十二年五月静岡特別都市計画事業復興土地区画整理委員会の委員に当選し爾来その第二部会長並に第二部会所属の各工区小委員会委員長をしていたというのであり、川村平蔵、小林八郎、佐塚信助の所有土地の換地については現に第二部会に於て諮問に対する答申決定をしているのであり、鈴与倉庫株式会社所有地に隣接する余剰地の換地に関しても又第二部会に於て決定さるべきであること原判決引用の証拠で明白なところである。従つて被告人が右川村平蔵等から原判示のとおりの金員を収受した以上、たとえ被告人において委員として意見を述べる職責を有するのみであつても、又現実に被告人が区画整理委員会第二部会の席上意見を述べて反対の意見を変更したような事実が存しなくても、被告人の収受した金員が被告人の職務に関するものと認定するを妨げるものではなく、原審がこれを職務に関する金と認定した上本件を収賄罪に問擬したのは当然である。所論は独自の見解に立つて原審の適切な判断を非難するもので理由がない。なお、所論は原判決が小委員会の諮問を経て換地決定をした旨判断している点から小委員会の構成権限についても云為する。しかし川村平蔵、小林八郎、佐塚信助の所有地に対する換地については第二部会の決定を経たもので単に第二部会所属小委員会の決定によるものとは認められないし、特別都市計画法施行規則第十条に土地区画整理委員会の部会を設けること及び部会の意見を委員会の意見とすることができる旨をも規定していることをみれば、論旨指摘の点も被告人の収受した金員がその職務に関するものであることを否定する資料とはならないし、原判決が小委員会の決定により換地割当をしたが如く判示したことが判決に影響を及ぼすものと認められないからこの点の論旨も従つて理由がない。

よつて本件控訴はその理由がないから、刑事訴訟法第三百九十六条に則つてこれを棄却することとし主文のとおり判決する。

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

控訴趣意

原判決には事実誤認の違法がある。

原判決はその理由において、被告人は土地区画整理委員に当選して爾来引続いてその第二部会部長並に第二部会所属の各工区小委員会に対し特別都市計画法に基く土地区画整理施行に伴う換地に関する事項について諮問があつた場合委員として意見を述べる職責を有していたものである、と前おきして第一乃至第四の事実を夫々公務員である被告人の前記職務に関して賄賂を収受したものと認定し、刑法第一九七条第一項を適用処断した。

而し、右判示によれば、被告人は土地区画整理施行者より整理施行に伴う換地に関する事項について諮問があつた場合委員として意見を述べる職責だけを有していたものである。更に記録に徴すれば区画整理委員は単なる諮問機関であつて、如何なる事項に対しても何等の決定権はなく諮問事項につき答申することのみを職責としているのみならず小委員会は工事の促進を計るため委員会と市側で申合せの結果構成されたものであり、その存立につき何等の法的根拠を有していないもので、唯運用上小委員会の決議は本委員会の決議と見做しているのに過ぎないことが明かである。

してみれば、原判決判示第一乃至第四の事実において認定した如く各金員の提供者が夫々希望通りの換地の指定が、孰れも被告人の属する小委員会の諮問を経て実現されたとしても本件被告人の各金員の収受は前記職務とは何等の関係がないことが明かである。

又、仮りに委員会の答申の決議が換地の割当決定に事実上何等かの拘束力を及ぼすとしても、原審記録に徴して被告人が前記小委員会において各依頼を受けた事項につき特に他の意見に反対して自己の希望する結論に導いた形跡を発見することができない。

畢竟、本件被告人の各金員の収受は、その職務とは何等の関係のないものであるに拘らずこれと相反する認定をなし収賄罪の成立を認めた原判決は判決に影響すること明かな事実誤認の違法あるものと断ぜざるを得ないのである。

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